執事に伝えると、ついて来るように言われ、私を城の外へ連れ出した。

階段の手前の壁の所で執事は立ち止まり、私に振り向いて、中で伯爵が待っているので行ってくれ、と促した。
中?
なぜ壁の前でそんなこと言うのかしらと私が訝しげに思っていると、突然壁がガラガラと音を立てて下がっていき、洞窟のような通路が現れた。

わ・・・こんな所に隠し通路があったんだ。
私は執事に早く行くようと言われ、中へと入った。
扉を開け、なだらかな坂になった細い通路を進んでいくと、奥の行き止まりの部屋に、伯爵と魔女が待っていて、その間にあるベッドには1人の女性が横たわっていた。

魔女さん来てくれてたのね。
なんだかんだ言って、この人最初から伯爵のこと知ってたんじゃないかしら。
「早いな、もう戻ってきたのか」
伯爵は私を横目で見ながら言った。
「伯爵、そのベットに寝てる人が奥さんなんですの?」

私が尋ねると、少し照れたような面持ちで伯爵は頷いた。
「そうだ。昔と比べると随分やつれて当時の面影はすっかりなくなってしまったが、この女性が私の妻Ronaだよ」
なんだか、伯爵の様子は暗かった。
どうしてだろう?
奥さん元に戻せるのに。
せっかく薬を持ってきたんだから、喜んでくれても・・・。
「伯爵の為に早くもって行かなきゃと思って、急いで材料集めてそこの魔女さんに薬を作ってもらいましたわっ、伯爵、これです。これで奥さん元通りになりますわっ、さあどうぞっ>▽<」
私は笑顔で伯爵に薬を手渡した。
「・・・君、そのー・・・いや、ありがとう。有り難く頂戴することにしよう」
伯爵はまた何かを言いかけたが、前と同じように複雑な顔をして言うのをやめ、薬だけを受け取ってしまった。
何か私に言いたいことあるのかしら?
「伯爵、この前から私に何かを言いたそうにしてますけど、何かあるならはっきりおっしゃって下さいな。気になって仕方がないですわっ。私、伯爵からなら何言われても平気ですからっ!伯爵の辛口にはすっかり慣れっこになりましたし」
「ふむ・・・気にしておったか。まあ、今言わずとも、私が言いたいことが何なのかはすぐにわかるだろう。さて、始めてくれないか」
伯爵は側の椅子に座り、魔女に顎を上げて合図をした。

「目覚めてからはあまり時間がありません。なるべく急いで下さい」
魔女は一言忠言し、眠っている伯爵の奥さんに向かって魔法をかけた。

奥さんの目が開き、ゆっくりと起き上がった。
「目覚める時間だ、Rona。愛しい人よ」
伯爵が優しげに話しかける。
こ・・・こんな優しげな伯爵、見たことないわ・・・。
私は驚いて伯爵を見た。
常に辛口の人だと思ってたので、穏やかな表情でゆっくりと優しい言葉で話しかける伯爵はまるで別人のように思えた。
奥さんはベッドから立ち上がり、伯爵をじっと見下ろした。

「あなた?」
私はその一言が、妙に威圧的に聞こえた。
「・・・はい」
大人しく返事をする伯爵。
奥さんは、伯爵を見下ろしながら、まくし立てるように言った。
「起こさないでくれってあれほどいいましたのに、なぜ起こしましたの!?私は眠っていたいんです。こんなことされてはとても迷惑ですわっ」
「す・・すまない、どうしてもお前と話がしたくてな・・・」
おどおどとした様子で伯爵が答えた。
な、何か雰囲気がおかしいわ。
あの伯爵が妙に弱気な感じに見える。
「あなた?」
「・・・はい」
奥さんはまるで親が子供にきつく注意するような口調で伯爵に向かって言った。
「自分の下着の在り処ぐらい、どこにしまってあるかいい加減憶えました?朝、召使達がゴミを回収に来る前に袋にまとめてドアの外に置いておくぐらい出来るようになりました?小腹が空いたからって、人に頼まず自分で食事を用意出来るようになりました?後片付けも御自分でもちろん出来るようになりましたわね?あと、好き嫌い言って料理人を困らせてもいないですわね?」
「・・・全部ではないが、いくつかは出来るようになったよRona」
「いくつかですって!?」
奥さんが物凄い形相をして詰め寄って来たのに驚いて、伯爵は椅子から転げ落ちるように慌てて立ち上がり、後ずさりした。
「そ、そんな怖い顔をして怒鳴らないでくれ。努力はしているんだ」

「言い訳は結構ですわっ!そのくらいいい歳した大の大人が出来なくてどうするの!全部1人でやれるようになりなさいって私前言ったのお忘れになられたんですか!?そんなことも出来ない不甲斐無い男だなんて民にバレたら、私、伯爵婦人としてとてもはずかしいですわっ!」
「す、すまない・・・全部出来るように頑張るよ」
伯爵は俯いて謝っていた。
うう~ん、この二人の様子を見る限り・・・
・・・伯爵ってもしかして恐妻家だったのかしら。
「あなた」
「・・・はい」
「何もすることがないからって毎日ゴロゴロしてたりしないでしょうね」
伯爵は身に覚えがあってドキリとしたのか、顔が青ざめた。
「・・・し、してるかもしれん」
「はい?なんですって?相変わらず寝てばかりなの!?あなたには趣味の1つもありませんの?飽きれた・・・情けないったらありゃしないですわっ!昔と何もかわってませんのね。何かやりたいことの1つでも見つけて、楽しんだらどうですの?少しは執事や召使たちの手を煩わせないぐらいの心遣いを持つべきだって私言ったはずですわあなたっ!」
「す、すまない、気をつけるよRona。お前の言うとおりだ」
・・・すっかり今までの伯爵の強気で辛口なイメージが崩れてしまい、私は唖然となってしまったが、奥さんの尻に敷かれている伯爵は、なんだか普通の人みたいで可愛かった。
「ふう・・・疲れましたわ。そろそろ眠らせてくださいな、あなた。私は起きてるだけで体中が痛くて苦しいのよ。早く、眠って苦しみを忘れたいの・・・早く・・・」
奥さんの目が閉じかけてきていた。
また眠ろうとしているようだ。
「待ってくれ、Rona。これを飲みなさい。その苦痛を取り除いてくれる、すべてが良くなる薬だよ」

伯爵は奥さんに私が持ってきた薬をそっと渡した。
「本当なの?あなた。やっとこの病を治せる薬が出来たの?」
青白くやつれきった奥さんの顔がぱっと明るくなった。
「ようやく救われるのね・・・よかった。有難う・・・Janus」
奥さんは嬉しそうに薬を飲んだ。

飲み干してすぐに体中がまばゆい光に囲まれたかと思うと、奥さんは、ウッと奇妙な呻き声を発して、そのままベッドの上にどさりと仰向けに倒れてしまった。
・・・え?
一体何が起こったの!?
「伯爵、奥さんいったいどうしたの?なんか倒れるように眠っちゃったわ」

どういうわけか、伯爵はとても穏やかで安堵した表情になっていた。
「ああ、眠ったんだ。・・・妻は・・・Ronaはもう二度と覚めることのない安らぎの眠りについたのだよ」
二度と目覚めない?
それって・・・。
「・・・死んだ・・・ってこと?ウソ・・・もしかしてさっきの薬で!?ご、ごめんなさい、私こうなるなんて思ってなくって・・・!」
「君は何も気に悔やむ必要はない。これしか安らぎを得る方法はなかった。Ronaはバンパイアとして生きることを拒否した時に死んだのだ。だが、不死であるが故に、死ぬことは叶わなかった。バンパイアを治療すれば、その不死の呪いは消える・・・後は言わなくてもわかるな」
意味はわかる。
でも、納得がいかない。
「伯爵、奥さんを助けるって、こんな方法しかなかったの?」
「それを言われると私も辛い・・・。妻にはずっと何度も運命を受け入れて生きてくれと私は頼んだのだ。だが、まったく応じようとはしなかった。・・・死んだほうがマシだと、早く楽にしてくれと、それしか妻の口からは返ってこなかった」
伯爵は悲しそうに笑った。
「恥ずかしい面を君に晒してしまって申し訳ない。見せるべきか迷ったのだが、君にだけはもう隠さないでおこうと思ってね。ご覧の通り、本当の私は情けないほどの恐妻家なのだ。妻が元気だった頃は、先ほどの姿が及びもつかないほど、もっと口うるさく恐ろしい女だったのだよ。だが、それでも・・・どんなに怒鳴られても、私にとっては最愛の妻だったのだ。愛しい・・・我が妻だった」

伯爵は、もう二度と動くことのない奥さんをいとおしげにじっと見下ろしていた。
「伯爵、気に悔やむなって言ったけど、だめよ・・・私・・・すごく悪いことした気分・・・」

結果的に奥さんを死なせてしまった後悔の念と、それに伴う心の痛みから抜けられそうになかった。
私が伯爵の為にって思って急いだのは、結局奥さんの死期を早まらせただけじゃない・・・。
いつの間にか魔女は去っていて、伯爵と二人きりになっていた。
「君が後悔する必要はまったくない。これが妻と私の望みだったのだからね。私は本当に君に感謝しているよ」
伯爵に優しい言葉をかけられた私は思わず泣きそうになった。
悲嘆にくれて、本当に泣きたいのは伯爵本人のはずなのに。
「伯爵、私もう帰ります・・・」
私はそれだけ言うのがやっとだった。
「そうか、ではまた明日・・・1日たったら城に来てくれないか。君にこの事の礼をしなくてはならん」
「来ていいの?」
「もちろんだ。必ず明日来てくれ、いいね」
「ありがとう伯爵、明日また来ます・・・それじゃ」
私は伯爵の側をはなれて、出口へと向かった。
あ・・・伯爵が言いかけてやめたことってなんだったのかしら・・・。
見ていればわかると言ってたけど、私にはわからなかった。
明日、伯爵に会った時に尋ねてみよう。
残してきた伯爵が気になって、ふと後ろを振り向くと、1人で奥さんの亡骸を見つめ続ける伯爵の姿があった。

その姿がなんだか痛々しく見えて私は辛くなり、逃れるようにその場を後にした。
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