「・・・友よ、こちらを向きなさい」
体を寄せ合ったまま、マーティンは私にそっと囁いた。
「で、でも」
私はどうしようもないほど緊張していて、とても顔を向けられなかった。
「君の顔を見たいんだよ、いいから・・・」

マーティンの温かくて大きな手が私の頬に触れた。
その手は私の顔を彼の顔の前に向けさせた。
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マーティンはしげしげと私の顔を見つめ楽しそうに言った。

「こんなに君の顔を近くで見るのは初めてだな・・・」
私は相変わらず緊張で体はガチガチに固まり、とても笑顔を浮かべる余裕はなかった。
心臓が今にも口から飛び出してしまいそうなぐらいバクバクして、顔からは火が出そうだった。
以前、伯爵に迫ってみたことがあったけど、あの時はここまで死にそうなくらいドキドキなんてしなかった。

おかしい。
私は伯爵の事が好きだったはず。
・・・そしてマーティンの事も好きだった。
どっちも同じぐらい好きだった。
でも、何かが変わってしまっていた。
違う、明らかに私は二人を同じ『好きな相手』として見ていない。
「私が君と初めて出会った頃に比べると、随分と君も変わって・・・そうだな、一言でいうと綺麗になったよ」

私はみるみる顔が真っ赤になり、慌てて否定した。
「わわわ私、綺麗なんかじゃないわ!Burdにはいっつも怖い顔だとか鬼だなんてそんなことばかり言われてー・・・」
マーティンは笑いながら答えた。
「彼に対して君は怒った顔ばかり見せていたんじゃないのか?まあ、彼は生真面目だから心の中で君を美人だと思っていても、絶対に口にしそうにないけどな」
「思ってるわけない!私が本当に美人なら、伯爵だって言ってくれたはずよ。でも、一度もそんなこと言ってくれなかったわ」
「伯爵?ああ、Skingradの・・・彼に言ってもらえなかったのなら私が言ってあげるよ。君はとても美しい、と」

優しく私に囁いて、マーティンは顔を近づけてきた。
え、えええー!
これってキスされ・・・
ままままーくんが私にキスしようとしてる!

・・・こんなに嬉しいことはないはずなのに、私はなぜか恐ろしいほど強い恐怖感に駆られた。
ま、まって、ダメよ、ダメ、私はまだ・・・!
「ひゃあぁあぁぁっ!」

私は情けないほど素っ頓狂な悲鳴を上げて顔を逸らし、マーティンから逃げ出していた。

「友よ、どうして・・・」

「・・・ご、ごめんなさい、わわわ私ビックリしちゃって」
「ビックリしただと?」
「う、うん」

「キスしようとしたぐらいで驚かなくてもいいではないか」
「おおお驚くわよっ(*><」
「何を言っているんだ、君は・・・」
マーティンは何かを言いかけたが、口をつぐんでしまった。
「わ、私、ピアノ弾くわね・・・」

私は今のマーティンの傍に居るのが怖かった。
どうしてなの?
大好きなはずのに、彼のことを怖いと感じてしまった思いが強いのは、なぜ・・・。
椅子に座り、鍵盤に指を置き、曲を奏でた。

落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ・・・
何でもいい、明るくて、楽しい曲を弾こう!
静まり返った部屋に、私が奏でるピアノの音色が響き渡った。
♪Waltz_of_Miari.wma・・・マーティンは、曲が耳に入っているのかいないのか、茫然と突っ立っていた。
逃げてしまって、ごめんなさい、ごめんなさい・・・!
私はすっかり気が動転していた。
なぜマーティンから逃げ出してしまったのか考えることもままならず、ただただ心の中で謝っていた。

マーティンは無言のまま私の後ろを通り過ぎ、お風呂の方に歩いていった。
「あ・・・あの・・・ピアノ、聴かないの?」
私は恐る恐る小さな声で尋ねた。

「聴いてるよ、楽しそうな曲で結構なことだ」
「だったら、ソファで座って聴いてくれれば・・・」
「私もお風呂で汗を流したいんだ。こっちで聴いてるから弾いていなさい」
「は、はい・・・」
しばらくして、私の背後からマーティンが私に対するあてつけなのか嫌味っぽく言った。
「友よ、私は服を脱いだが、絶対に覗いたらダメだぞ(==」

ひぇぇぇ!
は、裸になってんのかしら、まーくん。
「の、覗かないわよっ!」
それだけ言い返すのがやっとだった。
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