「その話だったらお気の毒よねえ。皇帝陛下だけじゃなく、跡継ぎの息子さんたちもすべてお亡くなりになったそうじゃない?しかも全員暗殺されたとか言うし、ぶっそうな世の中よねえ」
「ホントホント、怖い世の中になったもんよね」

同じ部屋の奥で、お喋りをしていた二人の女性の会話はマーティンと私の耳にも聞こえていた。
他に人がいるのも構わず、彼女達の声は次第に大きくなって、はっきりと聞こえる。
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「うーん、でも、私達が国の行く末を案じても意味ないわよねえ」

「そうそう、私達にはどうにもできないもんねえ」
「でしょ。だいたい皇帝陛下がお亡くなりになっても、私達の生活に直接関ってくるわけじゃないし」
「あら?でも、今の皇族のSeptimの血が途絶えると、国が滅びるとかいう噂聞いたような気がするんだけど」

マーティンはその言葉に一瞬眉をひそめたがそれだけで、怒る様子もなく聞き流していた。
「そんなのただの迷信じゃないの?実は血族に拘らなくたって、誰が皇帝でもいいのかもしれないわよ」
「あらやだ!じゃあお宅の旦那がなってもいいワケ?意外と似合ったりするかもよ、ねえ、どう奥様?」
「嫌ねえ、もう、冗談はやめて!ウチのろくでなしなんかが皇帝になったら皆の笑い者よ!私たちにとっては国の存亡どうたらよりも生活守るのが精一杯よ、精一杯!」

「そうそう、この前また小麦粉の値段が上がってて参ったわよ。旦那の稼ぎは減る一方なのに、食料品はどんどん値上がりするんだから、簡便してほしいわよ」
「お偉いさんたちはいいわよねえ。いい服着て、毎日御馳走食べて、衣食住に困らない生活送ってんだから」
「私達庶民の生活の貧しさなんてわかるはずないわよねー。住んでる世界がそもそも違うし、皇帝がいようがいまいが私たちには全然関係ないわね」

殿下がいるのに、よりによってあの二人は何てことを話してるのよ!
私は思わず席を立ち上がって、彼女らに抗議しようと歩きかけた時、すぐにマーティンから小声で制止された。
「友よ、あの婦人方の言動に構うことはない」
「え、どうして!まーくん悔しくないの!?」

「普通の一般市民からすれば皇帝の存在はその程度なんだよ。いいから、放っときなさい」
マーティンは怒るどころか、平然と落ち着いて本を読んでいる。
なぜ怒らないの?
どうしても私は納得がいかない。
私は何の為に帝都を訪れたんだった?
自分は居ない方がよかったと弱気になって、悪夢に苛まれていたマーティンに、皆に必要とされてるということを知ってもらう為。

彼女らは、私たちが居るのも構わず聞きたくもないどうでもいい世間話を続けている。
私は今すぐここから立ち去りたい気分になり、マーティンに言った。
「まーくん、もうここ出ましょう」

「なんだって?まだ途中までしか読んでいないんだが・・・」
マーティンはこの本は最後まで読みたいんだが、といかにも物惜し気な顔をして私を見上げた。
でも、私はどうしてもここには居たくなかった。
「ここの本は貸し出してくれるから、借りればいいわ。私が借りてあげるから、ね、早く出ましょ!><」

「あ、ああ、友がそう言うのなら、外に出ようか」
渋々とマーティンは立ち上がった。
外に出ると、いつの間にか日は傾き、辺り一面赤く染まっていた。

「急にどうしたんだ、慌てて外に連れ出して」
マーティンは借りた本を左手に携え、不満そうに私に問いかけてきた。
「私はなんとも思わなかったのだが、さっきの婦人らの会話がそんなに気に障ったのか?言ってることは一理あっただろ」
「どこに一理あったのよ!」
私が怒ると、マーティンはきょとんとした顔になった。
「実際、皇帝が不在でも国は混乱してないじゃないか。私がいくら血を受け継いだ者といわれても正式に即位した訳じゃないし、それどころか存在自体公にされてない・・・友よ、この国に皇帝は必要ないんじゃないか?」

「やめてよ!まーくんがそれ言ったらお終いじゃない!私はまーくんが皆に必要とされてる希望だってこと教えたくてここに来たのに、そんなこと言われたら私の立場なくなっちゃうのよ!」
「だったら、君が話していた『私が必要とされている証がある場所』に連れて行ってくれないか。本当に私が必要なのか、自分の目で確かめねばならん」
「必要だって言ってるでしょ!><」
「君の説明不足な言い分はいいから、早く連れて行きなさい」

その言い方にカチンときた私は不機嫌になり、ぶっきらぼうな態度でマーティンに言い返した。
「わかった、わかったわよ、案内します!こっちです、神父さまっ!」
マーティンに見せたい場所は帝都の中央の区域にあるので、そちらの方向に歩き出した。
「・・・なぜ君がそんなに怒ってるのかわからないよ」
後ろを付いて来るマーティンが溜息をつきながらブツブツと文句を言った。

「まーくんのこと悪く言われてるのに、本人がのほほんとしてるからでしょ!あんな失礼なこと言われたら少しぐらい怒ってよ!」
(あの婦人の会話で殿下がキレるのではないかと冷や汗かいたが、怒ったのは貴公の方だったな)

先に図書館から出ていたBurdは、離れた場所から二人の様子を観察していた。
(しかもそれが原因で、ばかっぷるぶりがコロッと喧嘩に転じてるし。二人は波風の立ち易い関係になると見ましたぞ)
Burdはふと昔のことを思い出した。
(そういえば自分もスチュワードとはよく喧嘩したものだ・・・フッ、懐かしい)

しみじみとあの頃はよかったと、一人感慨に浸っていた。
それにしてもどこに行くのだろうか。
二人の姿が見えなくなってから、Burdも後を追って行った。
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