大浴場を後にした二人は皇帝用の寝室へと向かった。
部屋の前で警備のため待機していたブレードが、上半身裸で歩いてきたマーティンの姿に驚いて声をかけてきた。
「へ、陛下、なぜそのような格好をされているのですか!お召し物はどうされたのです」
ああ、それはー・・・とマーティンは答えた。

「友と遊んでいて水に濡らしてしまってね。ここへ着替えを取りにきたのだ」
「すぐに何か羽織られて下さい。風邪をこじらせたら大変ですから」
「うむ、早く着ないと寒くてかなわん」
腕を組んで寒そうにしているマーティンの後ろから、Miari爺が楽しそうに見張りのブレードに言った。
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「ワシに肉体美を見せ付けたくて陛下殿は自ら脱がれたのじゃ、鍛えられた体は歳をとっても美しいのう、ほほ」
マーティンは顔を引きつらせながら振り向いた。
「脱がせたのは君じゃないか。あんなことをされて脱がないワケにはいかないよ」
「およ、そうじゃったかの?ワシはもう憶えておらんぞい」

「憶えてない?友の姿でなければ君も突き落としてあげたのにな」
「あ、あの・・・」
二人の会話を聞いていたブレードが困った様子で割って入った。
「痴話喧嘩は自分などの部外者の前でされるより、中でされては如何でしょうか、陛下」
「これは痴話喧嘩などではない」

マーティンは即言い返した。
「違うのですか?ご友人とは仲が宜しいので、これもその延長かと」
「君、おかしな詮索はそこまでにしておいてくれ。今は友と取り込み中なのだ・・・おっと、今の言葉は変な意味ではない、勘違いするなよ」
ブレードは状況を理解したらしくハッとした顔になり、敬礼した。
「そういうことでしたか、失礼しました。自分が邪魔でしたらすぐに持ち場を離れますが」
「だから勘違いするなと言っただろう、そうではない。君はそこに居てかまわないんだ。では、友よ。君も中に一緒に来なさい」
「ようやく部屋に通してくれるんじゃな、殿下のお部屋とは一体どんな部屋かの~」
Miari爺は携えた杖で床をコンコンと突付いた。
マーティンは扉を開けてMiari爺と部屋に入った。

部屋に入り、数歩進んだ所で立ち止まった。
「部屋が・・・違う?」
マーティンは室内の様子ががらりと変貌している姿に目を疑った。
不思議な顔をして部屋の中を見回し、ここがいつもの寝室であることを確かめようとした。

「何をうろたえておる、ここはお前の部屋ではないか、忘れたよったか?」
背後からMiari爺が言った。
「なぜ『中の君』にわかる。そもそも私の寝室はこんな仕様ではない」
振り返ったマーティンにMiari爺は言った。
「ひょひょ、ワシの考えはこの者と同調しておることを忘れておるぞ。前の部屋は質素すぎじゃったから、ちいっと模様替えしてやったのじゃ。望んだのはこの女じゃよ。お前の為に何かしてあげたいと願う心を読んでの、それならばと力を貸してやったワケじゃ」

「友が願っていたとしてもこんなことを勝手にされては迷惑だ」
マーティンは感情を押し殺しながら静かに言った。
「なんじゃ、不満なのか」
「不満も何も、これではどこに何があるのかさっぱりわからない」
「何を探すのじゃ、言うてみい」
「服だよ、服。早く何か着ないと本当に風邪を拗らせかねない。着替えがあったはずだがどこに置いた?」
Miari爺はベッドの横を指差した。
「服ならそこじゃそこ、ベッド脇にある引き戸の付いたクローゼットに入っておる」
「これか?やけに小さいな」

マーティンはクローゼットに近づいてしゃがみこみ、取っ手を引いて扉を開けた。
中にはMiari爺が言った通り畳まれた服があったが、どういう理由かそこには一種類の服しか置かれていなかった。
マーティンはそれを着て、ふて腐れた顔をしてMiari爺に尋ねた。
「なぜコレしかないのだ」

「その服はお前の服じゃから、あってもおかしゅうはないじゃろ」
「そうではなくてだな、他にも何着かあったはずだ、普通のローブが」
「あったか?もしかしたら隣の部屋に投げ込んでいたかもしれんの。地味で薄汚れたローブなぞより、それのが立派でよいではないか。似合っておるぞ、プリンス」
「褒めてもらって言うのもなんだがな、この服は私の勝負服だ。ここぞという時にしか着ない大事な皇帝専用の衣装なんだよ」
「では今着ておくことじゃ。お互い正装で望もうではないか」
「何を望もうと言うのだ」
「そうじゃな、王子同士の対談対決でも望むとするかの」
「王子同士ね・・・君はどこかの国の支配者なのか?」

「国というよりは島国と言ったほうがシックリくるぞ、ワシの領域は」
マーティンはMiari爺をじっと見据えた。
「ほう、では、その島の国王が友の中に姿を隠しているというわけだな」
「よよ、ワシとしたことが大ヒントを漏らしてしもうたわい。それでほぼ答えになっておるがの」
Miari爺は苦笑いを浮かべた。
「そういえば以前君が・・・」
マーティンは何か言いかけたが、口をつぐみそれ以上はその事に触れなかった。
次の言葉を発しないマーティンにMiari爺はイライラしながら問いかけた。
「どうした、急に無言になりおって」
「ああ、なんでもないよ。さて・・・と、私を喜ばせる為に部屋を模様替えしたのなら、他にどんな物がこの部屋に用意されているのかな?」

マーティンは部屋を眺めながら聞いた。
「なんじゃ、今度は嬉しそうに・・・後は本ぐらいかのう。ほれ、そっち側に回ってみい」
Miari爺は手を上げ指を動かし、ベッドの向こう側に行ってみろという仕草を見せた。
マーティンが部屋の奥側に歩いていくと、そこには大きな本棚が置かれていた。
「こんなものが・・・」
マーティンは本がぎっしりと並べられている本棚を見上げた。

背表紙のタイトルを目で辿り、本棚に置かれた本の種類がわかるやいなや目を輝かせた。
「素晴らしいな、すべてDaedra関係の本で埋め尽くされている。しかも、私が欲しかった本や、失われたはずの貴重な資料ばかり揃っているじゃないか」
マーティンは側にあった本を一冊手に取り、ページをパラパラと捲った。

「・・・ふむふむ・・・なるほど・・・」
マーティンはしきりに感心しながら、熱心に本に見入っていた。
「プリンスよ、今度は気に入ったようじゃの」
Miari爺が尋ねると、マーティンは満足そうに答えた。
「ああ、これは嬉しいよ。私が知りたかったDaedraの世界をここまで詳しく解説している資料や著書が揃っているのは今までお目にかかったことがないからね」
マーティンは本を携えたまま、側のソファに座った。
そのままMiari爺が居る事をすっかり忘れてしまったかのように、読書に没頭してしまった。

「Daedraがそんなに興味深いかね」
「・・・ああ」
「ならばこの女よりお前に乗り移った方が面白かったかもしれんの」
「・・・ああ」
「ワシの言葉が届いておらんようじゃな」
「・・・ああ」
Miari爺はコレは埒があかんの、と呟いてマーティンの横にどっかりと腰を下ろした。

それからいろいろとMiari爺はマーティンに話しかけてみたが、本に没頭してしまっているため、返ってくる返事は上の空な言葉ばかりだった。
放置されているのがつまらなくなってきたMiari爺はマーティンの興味を引きそうな事を言ってみることにした。
「のう、プリンスよ。お主に尋ねたいことがある」
「・・・うむ」
「Daedra本と、この女とどちらが大事かね~」
「・・・」
マーティンはページをめくる手を止めて本を置き、笑いながら答えた。
「もちろん大事なのは友だよ。本だと私が言うとでも思ったのか?」

「そうか、本よりコレが大事じゃというのじゃな。では、もう1つ訊こう」
「何かな」
「プリンスよ、お主自身とコレだと、どちらが大切かね」
「それも友だろう、自分を優先するつもりはない」
マーティンは深く考えずに答えたが、Miari爺はフンと鼻を鳴らして続けて言った。
「一国の主としては感心せぬ回答だな。一時の感情で物を考えるようでは、統治者として失格じゃと思うがの」
「私は皇帝である前に1人の人間だ。そういった考えにはまだ馴染めなくてね。いずれはー・・・嫌でも個を失う生き方をせねばならなくなるだろうがな」
その言葉は自分に言い聞かせるようにマーティンは言った。
「ほほ、自分より他人を優先するか。その犠牲精神が本物かどうか、いささか試してみるかの」
「試す?何を試すのだ」
Miari爺はその問いに答えず、ブツブツと呪文らしき言葉を唱えながら俯き、息を大きく吐いた。
「まーくん・・・どこにいるの・・・」
Miari爺の口調が、突然変わった。
「な・・・!」
マーティンは驚いて立ち上がり、Miariを見た。

「友・・・なのか?」
「・・・ここ、どこなの・・・真っ暗で何も見えない・・・私はどこにいるの?」
その声は、それまでのMiari爺の傲然とした口調とは違った、弱々しい女の声だった。
「友よ、私の声が聞こえるか?教えてくれ、一体君に何があったんだ」
マーティンは焦りを感じながら真剣にMiariに呼びかけた。
「まーくん、どこにいるの?見えない、何も見えないのよ・・・ずっと暗闇の中から出られないの・・・お願い、助けて」
今にも泣き出し、消え入りそうな小さな声だったが、必死に助けを求めているのがマーティンにはわかった。
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