Burdに部屋を出て行ってもらった後、振り返った視線の先に、机の上に置かれたノートが目に入った。

あれは・・・。
それが何か気付いた瞬間、さあっと血の気が引いた。
[0回]
大事なものを放置したままだった。
私の日記!

大事な日記を、マーティンと喧嘩した時に我を忘れた私は投げつけて、そのままにしていた。
机の上に置かれているということは、マーティンが触れたってことよね。
まさか・・・中身を読んでしまったのかしら。

恥しくてクラッとしたが、責めたり怒る気にはならなかった。
放置してしまった私の責任だし、マーティンならもう見られても構わない・・・。
ふわーとあくびがでた。
今何時だろう。
長い間酒場に居たので、0時は過ぎていそうだった。
1人で起きてても仕方がないし、寝よっかな・・・。

私はお風呂場にあったクローゼットに着替えがないか覗いてみた。
白いパジャマが二着あり、丁度体に合いそうだったので、それを借りることにした。
私は着替え、ベッドに歩いていった。
マーティンを見下ろすと、前と変わらず熟睡している。

「まーくん、隣に失礼するわね」
一言断って私もベッドに上がった。
ほんとに寝てるのかな?と、彼の顔を上からそうっとのぞきこんでみた。

「まーくんー・・・」
身体を揺すってみたが反応はなく、起きそうになかった。
酔ってるのと、疲れで深く眠ってしまったのかもしれない。
私は寂しい気持ちになったが、しょうがないや、と身体を横たわらせ、マーティンの後姿をぼんやり眺めていた。

その時、マーティンがくるりと寝返りを打って、こちらに顔を向けた。
「きゃ!?」
私は振り向いたマーティンの顔を見て小さな悲鳴を上げた。
彼の目は・・・開いていた。

「・・・友よ、やっと2人きりになれたね」
彼は目を細めて私を見ていた。
私は状況が掴めず、慌てて謝っていた。
「あわわ、お、起こしてごめんね。私が体を揺すったから目が覚めたんでしょ」
「ははは・・・眠っているように見えたかい?」
「え?」
「Burdに知られたら『たぬき寝入りですかっ!』と突っ込まれるだろうな」

悪びれる様子もなく楽しそうに話すマーティンに私はドキドキしながら尋ねた。
「じ、じゃあ、寝てなかったの?最初から起きてて、私たちの会話をずっと聞いてたの?」
「ああ、聞いていた。さすがにBurdは私のだらしない姿に失望したようだが、仕方があるまい」
「仕方がないって、どういうこと?まさか最初からわざと見せるつもりだったの?」
「Burdは私たちから離れなかっただろう?2人きりになるには、私が酔い潰れて彼を油断させるしかないと考えたのさ。彼を酔い潰すのは不可能に近いからね」

「ええっ?その為にあんなにお酒を飲んだの!?もしかしてまーくんが飲んでいたお酒はただのお水で、酔ってたのは演技だったとか?」
「酒は本物さ、こんなに飲んだのは初めてだし、今も酔いが酷い。意識が飛ばないようにするのに必死だよ」
マーティンの吐く息からお酒の匂いがする。
あれだけ飲んだのが全部本物なら、相当体に堪えているのでは・・・。
「Burdは失望していたが、君はどう思った?・・・っと、答えはもう聞いたんだったね。ありがとう、私は今までこんなに幸せな気持ちになれたことはないよ」
私がBurdに話していたマーティンへの想いはすべて本人の耳に入ってしまっていた。
「私が話していたこと、信じてくれるの?なによ、喧嘩してた時はどんなに好きだと言っても、全然聞いてくれなかったのに・・・!」

「さっきはね。でも今は・・・違う。君が言った言葉はすべて信じて受け入れられるよ。君の告白を聞いたら、私も力が湧いてきたな。私は皇帝になれるような器ではないからなりたくないと言ったが、なれそうな気がしてきた、ははは」
「まーくん、貴方は・・・」
私は彼が宮殿で口にした言葉の真意を確かめたかった。
「あの時、本心で皇帝の位を継ぎたくないと私に言ったの?」
マーティンは少し考えて答えた。

「あれは本意だった。司祭だった時から、私は余生をどこか知らない場所で邪魔されずに静かに過ごしたいと考えていたんだ。出来ることなら皇位は継ぎたくないよ」
皇帝の血を受け継ぐのはもう彼しか存在しないので、それは周りが許さない儚い願いだった。
でも、彼が望むなら私は出来る限りのことをしてあげたい、と強く思った。
「難しいかもしれないけど、まーくんがそうしたいのなら私も協力するわ。もしそうなることができたら私も・・・貴方について行きたいな・・・」

「言うまでもなく、君も連れて行くよ。2人で一緒に暮らそう」
優しく言ってくれたその言葉が嬉しくて、私は目を潤ませた。
「う、うう・・・あり・・・ありがとう、まーくん。大好きよ・・・」
マーティンの手の上に私は自分の手を重ねた。

「まーくんの手、暖かくて大きい・・・」
暖かなその手に触れていると、心地よい安堵感に包まれ、うとうとしてきた。
「眠そうだね」
「ん・・・」
「私も眠くなってきたな・・・もう寝ようか、おやすみ」

私もおやすみなさい、と返そうとして日記のことを聞かなければならないのを思い出した。
「まーくん、私の日記が机の上に置かれてたけど、読んだの?」
マーティンは閉じかけていた目を開いた。
「安心して、君の日記は読んでいない」
私はてっきり読まれたとばかり思っていたので驚いた。
「え?気になっていたんじゃないの?あ、あのね、よかったら見ていいのよ。私が貴方のことどんなに好きだったか、日記にいっぱい書いてるの、それを見ればきっと・・・」
マーティンは穏やかに笑って答えた。

「いや、いいよ。もう見る必要はない。私は目に見える物より大切な物を感じ、得ることが出来たからね」
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