「近くで見るとすごい高さの塔だな。まるで天まで届いているかのようだ。それにとても美しい・・・」
中央の白い塔をマーティンは感慨深げに見上げていた。

「マーティンが皇帝になったら、いつでも居れる様になるわよ」
「いつでもか。ふむ、そういうことになるわけだな」
マーティンは目の前にある扉を見て尋ねてきた。
[0回]
「この門は?これが君の言う例の場所に通じる扉なのか」

「ええ、そうよ。この先が、貴方の存在の証の場所なの。行きましょう」
門を開け、私は先へとマーティンを案内した。
「・・・ここは?」

「この区域はね、まだ未完成なの。だから少し寂しい感じがするかもしれないわ」
夕暮れの真っ赤な陽光が、誰も居ない広い庭園を静寂と共に暖かく包み込んでいた。
「ここはね、次の皇帝になる貴方の為に用意された、新しい宮殿なのよ」

四方を壁に囲まれた広い庭園の中央には、この空間を守るように一体の神像が鎮座し、その奥には住居となる館があった。
「私の存在は隠され知られていないはずだが・・・なのになぜ、このような場所が存在しているのだ」
マーティンは腑に落ちない様子で、辺りを見回しながら歩きだした。

「ごく一部の人たちは貴方の存在を知ってるのよ。希望はまだ残されているということを。貴方をいつでも皇帝として迎え受けられる様に、密かに準備は進められているの」
「・・・」
マーティンは後ろにいる私の説明を聞いてはいたようだが、何も答えてくれなかった。
そして館の前まで来て、彼は立ち止まった。

「つまり・・・ここは新皇帝の為の施設ということか」
「そうよ、貴方の為に建てられてた宮殿なんだから」
「なるほど」
・・・?
様子がどうもおかしい。
ここへ来てからマーティンは喜ぶどころか、暗く重い表情になっていた。
「友よ、私の存在の証、皆の希望だと私に教える場所として、なぜここを選んだ?」

「え?それはマーティンの為に用意された宮殿だからよ。貴方が皇帝になることを皆が待ち望んでいるからー・・・」
私が話しかけている途中で、マーティンに言葉を遮ぎられた。
「いや、違うな。私が皇帝になることを皆が待ち望んでいるのではなく、形として私がならざるを得ないだけだ」
「マーティン、何を言ってるの?」
マーティンは黙って背を向けてしまった。

「ね、ねえ、どうしたのよ」
私はマーティンの素っ気無い態度が心配になって恐る恐る尋ねたが、何も答えてくれない。

気分を害してしまったのだろうか?
私は不安になってきて、マーティンの表情を横からそっと伺った。
・・・ひどく、悲しげな顔をしていた。

な、なぜ?
どうして!?
マーティンは深く溜息をついて、庭園の中央にある像の側に歩き出した。

ここへ案内すれば喜んでくれると・・・元気になってくれると思ったのに・・・何がいけなかったの?
わからない、どうしてそんな悲しい顔をするのよ!?
私はマーティンの思いもよらない反応に動揺してしまった。
PR