「なんだここは・・・」
扉の向こうにあったのは、広い空間と噴水のオブジェが中央に飾られた大浴場だった。

石像から流れ落ちる水音だけが静かに聞こえる。
マーティンは厳かな浴場の雰囲気に圧倒されて息を飲んだ。
「言葉を失ってるようじゃが、如何したかねプリンス」
後ろに待機していたMiari爺はマーティンに嬉しそうに聞いた。
「風呂場というより大浴場になってしもうたが、プリンスならこれくらいの贅沢は軽くせんか。お前は身分に似合わず質素すぎじゃからのう」

「友よ、私は質素にしようとも贅沢したいとも考えたことはないよ」
マーティンは振り向きながらMiari爺に言った。
「君には礼を言いたいのだが、頼んでもいないのになぜここまでしてくれるのだ。見合うような礼は私は何も出来ないぞ」
Miari爺は立てた杖に両手を添えて、身体を前後にゆらゆらと揺らしながら答えた。
「お前はそう思っていても、それなりのモノをワシに与えることになるじゃろう、まあそもそも非力な人間風情のチンケな見返りなどワシは期待しておらん。与えられるまま受け取ってくれればそれで良い」
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「それでは困る、与えられるばかりでは恐縮してしまいそうだ」
「気にするでない、気にするでない。ワシがしたいことをやっておるだけのことじゃ。いや、これはこの女が望んだことかの?あ~ワシは誰じゃった?はてさて、と」

「自分を忘れたって?君は私の友人だよ。友はいつも予想外の楽しいことをしてくれるから飽きないな。で、次はどうしたいのか教えてくれないか?」
「焦るでない。そこらの爺の大尽遊びとはワケが違うのじゃ。ワシとお前自身の運命もかかっておる大事なお遊びじゃ。時間は限られておるからの、もたもたしておったらコレまで取り込んでしまうかもしれん」
「取り込むとはどういう意味だ」
マーティンはその言葉が気になって尋ねた。
だが、Miari爺はそれに答える気はなかった。
「そうなるまで長居する気はないから安心せい。さてプリンスには早速風呂の湯加減をその体で確かめて来てもらおうとするかの」

「私が入るのか?今すぐ、服を脱げと?」
いくら風呂場に連れてこられたとはいえ、急に言われたのでマーティンは思わずうろたえた。
「良いからつべこべ言わずとっとと浸かって来んか。ワシが遥々遠い所から尋ねて来て、わざわざ用意してやった大浴場じゃぞ」
Miari爺はマーティンにジリジリと詰め寄り、水場の側へと後退させていった。

マーティンは相手が相手なので抗えず、気迫に押されるまま後ずさりしていく。
「近付き過ぎではないかな友よ、それ以上寄られたら落ち・・・」
横に避けようとした時、Miari爺の青い目がマーティンをじっと捕らえた。

「ごちゃごちゃのたまわんと早う入ってこい、プリンス」
その言葉は同じ人物とは思えないぞっとするような低い声だった。
Miari爺はそれまで笑みを浮かべていた表情を一変させ無表情になり、右手でドンっとマーティンを付き飛ばした。

「うわっ」
マーティンはバランスを崩して背中から水の中に落ちていった。
ザバーンと水しぶきが上がり、マーティンの姿が水中に消えていった。
すぐに水面に浮かび上がってきて、両手で水をかきながら叫んだ。

「ぷはあっ、はあ、は・・・友よ、手荒すぎるぞ。いきなり突き落とすなんてあんまりだ!友とはいえやりすぎだ!」
Miari爺は水面に浮いているマーティンを見下ろしながら、軽蔑しているかのような態度で言った。
「プリンスが怒っておる怒っておる。お前がもったいぶってもたもたしておるからついカッとなってやってしまったのじゃ、反省はしておらん。でもってワシからは謝らんぞ」

「一体なんなんだ今日の友は・・・」
マーティンは溜息を付いた。
「湯加減はどうかね~」
困惑しているマーティンの気持ちも他所に、Miari爺はまた態度をコロリと換え、ニコニコと機嫌よく笑いながら尋ねてきた。
「・・・」
「なんじゃ、あまりようなかったかの、ぬるかったか?」
「湯加減がどうのこうの言う前に、服着たまま入るものではないだろ。どうしてくれるんだ、また洗濯して乾かさないと・・・」
マーティンは顔を曇らせながら、全身ずぶ濡れの姿で水場の浅くなっている箇所から上がってきた。
水がローブを滴り落ちて、立っている足元の床に水溜りが出来ていく。
「ひょひょ、水も滴るいい男というわけかの、脱いで構わんぞ」
「言われなくても脱ぐさ。濡れていて気持ちが悪いからな」

マーティンはしぶしぶ服を脱いだ。
「つまらん、あっさり脱ぎおって。ワシの前で裸になってはずかしゅうないのか?」
ベンチに座っていたMiari爺はふて腐れながらマーティンを見上げた。
「いつもの君ならともかく、どこぞのお偉い爺さんゴッコしている君の前ではなんとも思わないね」
マーティンは素っ気無い態度で答えた。
「フン、ワシの前では皆恐れ慄き恥じらうというのに。こう可愛げのない男はつまらん、どれ、ワシも脱いで湯を一浴びしてくるかの」

Miari爺はプールに向かってひょこひょこと歩き出した。
「ちょっと待ってくれ」
マーティンは慌ててMiari爺の前に立ち塞がって、それ以上先に進まれるのを制止した。

「なんじゃ、さすがにコレの裸は見とうないか、照れそうか、ではなおさら見せてやらねばならんの」
Miari爺はニンマリと笑みを浮かべた。
「いや、そうじゃない。友にはその服がとても似合っているから、もう脱いでしまうのはもったいないと思ってね」
「なんじゃと?」
Miari爺は怪訝な顔をした。
「脱ぎたかったらそうしてもかまわないんだ。どうぞ友の好きなようにしてくれ。ただ、私はその衣装が似合う友をずっと見ていたかったんだが、余計な注文だったかな」
「そんなに良いかね?この服が、ほほお~」
Miari爺は感嘆の声を漏らした。

「いいね、よく似合っているよ。いつもの鎧もいいが、こっちの方が色といい全体のバランスといい君の魅力を引き出している、本当だよ」
マーティンが杖のセンスがいいねだとかあれやこれやとおだてて褒め称えるとMiari爺はすっかり上機嫌になり、嬉々として襟元を正し向き直った。
「では着ておこうかの、風呂はまた次で良い」
「おや、脱がないのか?残念だな」
「なんじゃ、お前も結局は好きモノじゃの。こんなことじゃのうて別のことで喜ばせてやるから期待しておれ」
「何をしてくれるのかな、楽しみにしているよ」
マーティンはMiari爺が脱がなかったことに安心したのを悟られないように、ホッと小さく安堵の溜息を付いてプールの縁に座った。
「こうして・・・よく見ると美しい浴場だな。気のせいかDaedraの神々の力を感じるが、不思議と心に安らぎを感じて魅了されそうだ」

「Daedraの神々の力か。ほっほ、プリンスよ、お前も見る目があるのう。好きなのかね、ワシ・・・いや、Daedraの神々が」
「・・・まだ若かった頃、私は強大なDaedraの力に魅了されて寝食忘れるほど没頭し恋していたよ。ただあまりに恋焦がれすぎて大火傷を負ったから、もう二度と触れまいと心に決めたのだ」
「ふむ、プリンスは手に負えないほどの情熱を神々に持っていたとみえる。お前は信者じゃったのか?そうでないと、そこまで壊れる者はおらん」
マーティンは屈み込み、手を組んで考える素振りを見せながら言った。
「信者だったかもしれないな。それほど私は我を忘れるほど傾倒していたのだからね。それを無理に忘れたのに、今また思い出さなければならないのは辛いが・・・この話は止めよう。友よ、そろそろ教えてくれないか」

「何をじゃ」
「・・・君が誰を演じているのか知りたい」
「知りたいかね」
「Daedraの話なんて、普段は滅多に口にしなかっただろ。誰なんだ、今の友の中にいる君は」
「ほっほー、そうか、そうか。コレはワシを知っているのに話を一度もした事が無いのか、意外じゃの」
Miari爺はマーティンの隣によっこらせ、と声を漏らしながら座った。

「教えなければどうする、このか弱い身体を拷問にでもかけて吐かせるかの?ひょひょ」
「そんな手荒なことはしない、友を傷つけるわけにはいかないからね。君が恥ずかしいなら言わなくていいんだ。名前には拘らないから」
「いや、恥ずかしゅうはない。ほほ、では教えて進ぜよう」
Miari爺はコホン、と咳払いして口を開いた。
「名は名乗るほどでも無い、ワシはただのお節介焼きな旅のじじいぢゃ、ほっほ」

「・・・結局言いたくないんだな」
マーティンは自分をはぐらかし続けるMiari爺の考えが読めず、溜息を付いた。
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